実験のみによって粉の動きを理解・予測することが難しいことを前回述べました。そこで、生まれたのがコンピュータシミュレーションです。現在、最もポピュラーで、信頼性の高い方法は、離散要素法で、通称DEMと呼ばれています。コンピュータシミュレーションと聞くと、数式ばかりが現れ、理解しにくいものと想像される方も多いことでしょう。一体、そのメリットは何でしょうか。大別して三つあります。一つ目は、粉体の動きをコンピュータ上で再現できれば、粉の動きを詳細に観察することも、速度などの情報を得ることも容易になるということです。二つ目は、実験では難しい、一つだけパラメータを変更することが可能であり、その影響を調査できるということです。粒子径のみを変更、密度のみを変更、粒子形状のみを変更することが容易に可能です。三つ目は、実際に粉体プロセスの装置を作らなくても、コンピュータ上でその装置の形状や条件などの検討をすることが可能であり、あらかじめ、最適な形状の条件の検討が可能であり、試作品を製作し、実験し、評価する時間や費用を大幅に削減することが可能であるということです。
現在、DEMを使用した粉体プロセス内の粒子挙動のシミュレーションが行われています。その例をいくつかお示ししたいと思います。図1は、粉を砕く装置の一つであるボールミル内の媒体の挙動のシミュレーションです。ボールミルは、容器にボールと粉砕したい粉をいれ、その容器を回転させることによりボール同士、ボール-壁間で衝突が起こり、その間に挟まれた粉を微粉化できる装置です。最も簡単に微粉体を作製できる装置の一つで、鉄鋼、セラミックス、化粧品、インクなど多くの産業で用いられています。すでにそんなに用いられているにもかかわらず、なぜシミュレーションが必要なのか。ボールミルの中で粉がどのように作製されているのか、ボールはどのように動いているのか、それらはいまだよく分かっていません。さらには、ボールミルの回転速度などの操作条件をどのように決めるのかも決まっていませんし、どれぐらいの時間運転すればどれくらいの大きさの粒子が作製されるのかも分かっていません。これらの「分からない」に応えたいためにシミュレーションが行われます。
図1 転動ボールミル内媒体運動のシミュレーション
図2は、粉と粉を混ぜる混合機シミュレーションを示しています。粉と粉を混ぜる、そんなの簡単でしょ、と思う方も多いでしょう。それが、そんなに簡単ではないのです。混ぜる粉の物性や特性が異なると偏析と言う現象が現れます。例えば、粒子径が異なる粒子を混ぜようとすると大きな粒子と小さな粒子の偏在がおきることがあります。これを粒度偏析と呼びます。密度が異なる粉を混ぜて、密度が大きいものあるいは小さいものが偏る現象を密度偏析と呼びます。偏析しないように実験で解決しようとすると、多くの時間と費用が必要となります。これもコンピュータシミュレーションに任せたくなります。コンピュータの良いところは、極めて従順なところで、昼も夜も寝ずに働いてくれます。粒度偏析や密度偏析がなぜ起こるのかを解析し、どのように解消するかを考えるのは、もちろん私たち人間ですが、そのアイデアを実装すれば、あとはコンピュータが昼夜を問わず頑張ってくれます。
実験
DEMシミュレーション
N/Nc = 0.4
N:回転数 Nc:臨界回転数 (注)
図2
回転ドラム内での粒子の運動の比較と粒度偏析現象
偏析を解消した例を図3に示します。密度偏析に対しては、回転ドラムであれば、リフターと呼ばれる板状のものを入れる、撹拌ミキサーであれば、攪拌機の形状を変更するなどで対応できることをコンピュータシミュレーションを活用して見つけました。また、混合速度が遅いことも解決したことがあります。
ダブルコーンタイプミキサー
無限ミキサー
図3
シミュレーションによって解析したダブルコーンタイプミキサーと
シミュレーションによって設計した無限ミキサー
図4は、従来のタイプのダブルコーンタイプの混合機であり、両サイドにある粒子が中心部へなかなか移動しないために混合時間が非常に長かったという問題がありました。一つのアイデアとして浮かび上がったのが、円筒部を斜めにしてはどうかと言うアイデアです。これを検証するにはコンピュータシミュレーションはもってこいです。実際に試作品をつくらなくても、その斜めにした影響を調べることができます。実際にコンピュータシミュレーションを行ってみると、顕著に混ざる速度がはやくなることが分かりました。その装置は無限ミキサーという名前で売られています。
図4
私がコンピュータシミュレーションと出会ったのは1990年。その当時は、計算可能な粒子は数百個であり、たいした計算ができなかったことから、“コンピュータで遊んでいるだけだ”とか、“そんなもの役に立たないよ”などとよく言われました。それがモチベーションとなり、ようやくコンピュータシミュレーションを使って、粉の動きを理解し、予測し、粉体プロセスを設計できるようになってきました。これは、新しい粉の世界への入り口であり、コンピュータシミュレーションのさらなる展開を期待しています。
(注)
動画でわかるように、容器が回転するとボールが持ち揚げられて重力によって落下する運動を繰り返しています。この容器の回転数を大きくすると、やがて重力よりも大きな遠心力が生じ、ボールが容器内壁に張り付いた運動をします。この重力と遠心力がちょうど釣り合う回転数を臨界回転数といい、臨界回転数に対する実際の回転数の比(N/Nc)は、ボールの運動に影響する操作条件とされています。
INDEX
粉体について研究しています。
コンピュータシミュレーションが開く新たな粉の世界
著者ご紹介
東北大学 教授
多元物質科学研究所・金属資源プロセス研究センター(機能性粉体プロセス研究分野)
加納 純也 先生
プロフィールを見る
1997年2月 | 博士(工学)(同志社大学) |
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1995年6月 | 東北大学素材工学研究所 助手 |
2001年4月 | 東北大学多元物質科学研究所 助手に配置換え (素材工学研究所の廃止・統合により) |
2005年9月 | 東北大学多元物質科学研究所 講師 |
2008年4月 | 東北大学多元物質科学研究所 准教授 |
2012年10月 | 東北大学多元物質科学研究所 教授 |
2018年4月 | 東北大学多元物質科学研究所 教授・研究所長補佐 |